

かつて、高原の原宿として若者達を魅了した街、清里。 時代は流れ、低迷する日本経済と呼応するように、 街は静かにその役目を終えようとしていた。 |
| 写真・文 MOU君 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
清里の黄金時代清里にペンションが建ち始めたのは1978年頃からである。 バブル崩壊後の清里しかし、バブルははじけ、いつまでも夢の中にいることのできなくなった少女達に見捨てられた清里から彼女らの姿は消えた。しかし今なお清里は、まるでその少女達の帰りを待つかのように、その姿をとどめたままそこに存在していた。 おそらく、清里にとって何が変わったのかというと、少女達が作り出すにぎやかな喧騒がなくなったことに他ならない。 それが帰ってきた時、まるで何十年も動かすことのなかった機械に油をさすように、街はまた昔のように動き出すのかもしれない。 私はそんな清里の今の姿を夢中で写真に収めた。これはその記録である。 到着、そして慟哭私は「小海線 清里駅」周辺の「ワンハッピープラザ」というショッピングゾーンを目指していた。ここではメルヘンショップが並び、多種多様な土産モノ、ソフトクリームやクレープ、様々なジャンクフード(タコス、フライドポテト等)のお店が集中しているとパンフレットには書いてあったからだ。
だが、一つ考えているのと違うところがあった。 右の写真では、人が沢山いるのが分かると思うが、自分が行ったときは夏休み中であるというのに、広場に人は3人ほどしかいなかったのだ。 呼び込みの店員はしきりに、三角くじがケース内の下から吹き上げる空気によって宙に舞っている「宇宙くじ」なるものを宣伝している。人は誰も来ない。 土産物屋に入ってみると、そこでは懐かしい「名前の書いてあるハンカチ」や「牛柄(ホルスタイン)のカバン」「牛のぬいぐるみ」などが売っている。 その店の横では「須永博士」なる人の絵が飾られていた。 唯一儲かっているのは、アクセサリー屋のようだ。その店周辺では女子達の喧騒が聞こえてくる。私も混じって一つ数珠のような腕輪を購入した。 広場の奥には、アーチのかかった下り階段があり、下の小広場へと続いている。広場の周りにはジャンクフードを売る屋台の店が並んでいた。 が、その小広場に人は誰もいなかった。屋台の店は5つくらいあるだろうか?しかし、奥の階段で寝っころがっている店員は2人しかいなかった。 清里土産物通り清里駅前通りには、土産物屋などが並んでいた。梅辰の漬物屋には等身大梅辰人形が置いてある。他を圧倒する人の出入りだ。やはり人形効果だろうか。 通りを歩いていると、いやに駐車場が多いことに気づく。しかし、どれも駐車料金のプレートに後から紙で新しい料金が貼ってある。油性マジックで書かれたような字だ。もちろん、料金は以前よりも安くなっているのだろうが、沢山ある駐車場はどれも車はほとんど止まっていなかった。 駅前通りからをしばらく進んだところで、こんな看板に出会った。 おそらく、華やかかりし頃の少女達は、「清里での占い」に胸躍らせたに違いない。 どのようなことを占ったのだろうか? 友達とのことだろうか? 恋人のことだろうか? 自分の将来の姿だろうか? …清里の将来を占うことは、この占い師に出来たのだろうか? 足取りは尚も、重くなって行く。 悪趣味な建物郡、その内部
建物郡の敷地内には喫茶店兼バーのようなところもあった。 入ってみると、中はやはりゴミが散乱している。 入り口付近の箱には、色々な小物と一緒に、ラベルも何も貼っていないビデオテープが2本あった。 なにが録画されているのだろう? 気になったので、持ち帰ってみる。 (ちなみに、廃墟内の物を持ち出すと、「窃盗」或いは「占有物離脱横領」の罪に問われる可能性もある。だからここでは、このビデオテープは確認の後、元の場所に返した、ということにする。) 以前まではこの教会で結婚式でも行われていたのだろうか?宗教的に必要とされていたとは到底思えないので、おそらくそうなのだろう。 ここで結ばれたカップルは、この状況を見たらどんな風に感じるだろうか? 朽ち果てた廃墟廃墟の宿泊施設をしばらく、駅とは反対側に歩く。歩けば歩くほど、廃れた施設が目に付くようになってきた。 その中でも、突如現れた宿泊施設の廃墟には目を見張るものがあった。
さらば、清里よ私が今回紹介したのは、清里の一部である。もちろん、清里には今でも人が大勢来ている所も有る。「清里の森」「萌木の村」などの自然を売りにしたようなところには沢山の車が止まっていた。 決して清里全体が寂れているというわけではない。 だが、それもいつかは、あの廃墟達のようになるのかもしれない。 私達は大いなる幻想の中で、そこに価値を見出したり、或いは見出さないかったりする。 そしてそれは、絶対なものではなく、つねに変化していくものなのだ。 そして華やかな場所と廃墟は常に表裏一体なのである。 それを伝えてくれた清里よ、ありがとう。 追記:喫茶店で拾ったビデオ2本には、どちらにも「NHKの番組放送後の音楽と映像が絶え間なく流れているもの」が録画されていた。おそらく、店内で流していたものと思われる。 コチラ的には、もうすこし華やかかりし頃の清里の様子がわかるもの、と思っていたので、少々肩透かしだ。 |